朝に見た夢

2009年11月17日 火曜日

君ははたしてどこにいたのだろう。

長い間現れなかった君が今朝僕の夢にいた。

夢だから僕の勝手な世界なのだが、君は僕のベッドに潜りこんで

いたずらっぽく笑った。

それだけで、嬉しい。君がそばにいるだけで僕は嬉しいんだ。

君は今どこにいるのだろう。

情けない男の歌は届いたのだろうか、、、

戦友

2009年11月3日 火曜日

戦友

それは一時期同じ目標に対し全身全霊をもって突撃した仲間である。

その信頼感は絶対であり、結果を求めるものでは無い。

なぜなら共に駆け出した事に意味があるからだ。

そして、10数秒後に敵の機銃に朽ち果てたとしても、

その時の意思は永遠なのだ。

戦友へ

君を失ってから随分時が経っているが未だそのキズは癒えてはいない。

こんな事を書き始めるやいなや、君は僕のだらしなさを責めるのだろう。

つまりそれは僕は君が想ったほどの人間では無かったのだからで、君になんの非は無いのだ。

随分長い間、僕は何故この世に生まれ、生きているか悩んできた。そして「前世でやり残している事があるから。」という結論に達した頃、君が出現した。その世だ。しかし、この世に存在する責任を放棄する事は結局出来なかった。

随分前に「愛とは責任」であると話したが、結局僕はそれを捨てる程馬鹿にはなれなかった。

だから君が、責任を全うしている僕に対し、その行為が「屈辱」ならば辞せよ、と言ったことを知って欲しい。

もう2、3日すれば君のもとに手紙が届くであろう。それは赤紙にも似た通達令状でありなんの感情も込められてはいないものだ。

君にはそれを粛々と処理して欲しい。日本帝国軍人らしく、だ。

おそらく君がこの文章を読んだとしたら、私が発狂したのであろうと思うに違いない。

しかし、その時君を戦友と呼んだ僕は今もここにいる。

さらば 戦友

オマへは何でも屋になれば良い

2009年10月13日 火曜日

死んだオヤジの言葉だが、随分昔の事だ。

聞いた当時は「くず野郎」みたいに言われた気がしたが、

今は何をしていても、誰かに喜んで貰えれば嬉しい。

そして、たまに共に喜べることがあれば、それは大事だ。

仮に同じ的に向かって進む事ができればば、それが本望だ。

生きる事を決めた私にとって。

今は、何でも屋になれる気がする。

コトバ

2009年10月7日 水曜日

僕がまだ 小学2年生くらいのとき 原爆の事を知った。それは恐ろしいことで、随分長い間怯えていたような気がする。死に対する恐怖だったのか、あるいは生き地獄への恐怖だったのか、それすら良く覚えていない。

ただ、はっきりと覚えているのは、ある朝、朝食宅での祖母の回答。「よーわからんけど、一番怖いのは人間なんよ。」というコトバ。

ほんの一言で人は生きていける。そして死する事もある。

しかし、それを教科書に書かれているような口調で語られるとイライラする。

ドライブ

2009年9月19日 土曜日

ながらくドライブした後に真正面に太陽が現れると俺はイカロスのように生きる事を止めたいと思ったのか、あの光に向かって進めば良いのかと思ったか、今は良く覚えていない。

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